2003TGP F-1 Round.8 Estoril Portugall TGP Classic GP 26 October'03
TGP/F-1 2003 FINAL

1位


60pt
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2位


59pt
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2位


59pt
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60ポイント獲得のM・ラグレー選手、Dクラスながら2003TGPチャンピオンに!!F・カムシック選手はM・ワットレー選手と同じ59ポイントで惜しくも2位。

第7戦まで総合でトップに立っていたFカムシック選手が2位でゴール、ポイントを59とした。一位はウイリアムズFW08を駆るF.ジャクイン選手。この優勝で一気に10ポイント獲得して大きくランキングを上げたがクラス一位のFカムシック選手には届かなかった。レース後半、このレースは2位ながら最もマシンの競争力が高いCクラスを制するFカムシック選手が2003年TGP F-1のチャンピオンの2冠を獲得と考えた関係者も多かった。がチェッカーがふられマシンがウイニングランに入った段階で、違った結果が待っていた。テイレル012を駆るM・ラグレー選手がしぶとく5位でチェツカーを受け10ポイント獲得。トータルポイントを60としてK.フレディ選手を1ポイント差で逆転、鮮やかに2冠を獲得してしまった。さらにそのテイレル012を0.6秒差で振り切って4位でゴールしたDクラスのエンサインN175のM・ワットレー選手も10ポイント加算でトータル59ポイントとCクラスのFカムシック選手に並んでしまったのだ。結果的には競争力が劣るBクラスマシンを果敢にドライブしたM・ラグレー選手の見事な最終戦での逆転勝利で、2位がFカムシック選手とM・ワットレー選手という結果で2003年のTGP/F-1選手権は幕を閉じた。
以下4位が最終戦優勝のF.ジャクイン選手、5位C、ジョン選手(これもエンサインN175)、6位H、ステイブ選手のアロウズA6と続く。日本から一人参戦した西田選手はロータスのマシンが思うように走らず6ポイント獲得の総合20位。USAからエントリーのTGPの常連ダンカン選手は17ポイントの9位。6輪テイレルのM、パネ選手は西田選手の一つ前の19位。かってのブラジルの星、コパスカーF5/AでエントリーのP、ラッティ選手は無得点でシーズンを終えた。
TYrell-012Mike).jpg ●クラスAチャンピオン/Pイアン:ブラバムBT34
●クラスBチャンピオン/M・ワットレー:エンサインN175
●クラスCチャンピオン/Fカムシック:ウイリアムスFW07
●クラスDチャンピオン/M・ラグレー:ティレル012
●総合優勝/M・ラグレー:ティレル012<60ポイント>
遠くから見ると全部同じに見える現代のF-1マシンに比べ、一台一台が独創性に溢れたクラシックF-1は観る者をワクワクさせてくれる。デザイナーのコンセプトがそのままカタチになり、成績に表れたかってのF-1は、まさにコンストラクターとドライバーの競争場であり、オーナーにとって世界一贅沢な大人の遊び場でもあった。もちろん資金力のあるチームは昔も強かったし、デザインも素晴らしかった。しかしフェラリーやマクラーレンといった比較的資金力のあるチームに小コンストラクターのテイレルやロータスが各々6輪マシンや、G.エフェクトカーといったアイデアに溢れたF-1で対抗し互角、いや時には優位にレースを進める昔のFー1は確かに面白かった。資金力のないチームはレギュレーション段階で除外されてしまう現在のF-1とは隔絶の感は否めない。
ちなみに現在はエントリー14チームのみ。欠員がでなければ新たなエントリーはできない。当然、スポット参戦という一戦のみのエントリーはできない。
昨年意外な速さを見せてチャンピオンに輝いたエンサインN175の2年続けての活躍も驚異的だ。1970年代に果敢にチャレンジしたGPも常時予選の最下位争いに終始していた。かってこのエンサインのように バックマーカー専門ながらチャレンジし続けるfー1チームが多数あっった。オゼイラ、ミナルディなど最近でも記憶に新しい。そういった”遅いマシン”を再生し、少しでもGPの栄光をわかちあおうという日本の武士道の精神は世界共通であることをTGPは教えてくれた。俗にいうマンガのような話が現実にあるところがTGPF-1の真骨頂なのだ。
来年は国産のコジマKE007がスターティンググリッドに並ぶらしい。今から待ち遠しい。ドライバーは長谷見選手だったら最高だ。

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R.1

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TGPf-1過去の戦績を見る from1995